【ユタカに関するレポート お城の王様 

 
尋常じゃないバイブ音で目が覚める。
枕の下にケイタイを突っ込んだ状態でバイブがなると
振動がじかに伝わるから相当な音に聞こえる。
ちょっといい夢を見てたような気がするんだけど、
おかげさまですっかり忘れてしまった。

 「……ンだよ」
届いていたのはどうでもいいメールマガジンで
俺は小さく文句をつぶやく。
時刻は午後一時すぎ。目覚ましより四十分も前だ。
くそ、こんどからメルマガは着信バイブなしの設定にしとかなきゃ。
寝がえりをうってもう一度布団にくるまる。
遠くでガタガタと、たぶんユタカが何かしてる音が聞こえた。
うおんという湯沸かし器の音が次に聞こえたから風呂だな。
予想どおり、雨のようなシャワーの音がすぐ響いてきた。
なんだかそれ以上寝る気になれなくなって、面倒だが起きることにした。
コーヒーでも飲んで遅い朝飯を作ろう。二人分。

ユタカと俺の関係を、どう言ったらいいのかな。
縁あって同居している十八歳年上のただのルームメイトと
言ってしまうのもいいかもしれないし、オーナーとキャストとか、
この業界の大先輩と後輩なんていう説明でもいいと思う。
本当のことなんかよりそっちのほうがよほどしっくりくる。

キング・ユタカ。
ショットバーやホストクラブなんかを数軒経営する社長で、
もちろん本人も元ホストだ。
この界隈でその名を知らなかったら初心者かな。
最近じゃ出版社から取材が来て、ユタカをモデルにした漫画も
始まったらしいから、もっと有名になったかもな。
俺の勤めるクラブ「キャッスル」もこの人の持ち物で、
オーナーなのにお声がかかれば席に着く。

キャッスルはその名の通りお城のようなつくりの高級クラブで、
ホストとホステスが両方いる珍しい店だ。
新奇なものが好きな人だからな。
正直当初は先行き不安だったが
ユタカのネームバリューと人脈は伊達じゃなかったから
なんだかんだでうまくいっている。
ありがたいかぎりだ。おかげで俺は食いっぱぐれずに済んでいる。

「お、いい匂いだな」
「なんだもう上がってきたのか」
「うん。なにそれペンネ?」
「ソースあったから。アラビアータ」
「ひとり分?」
「ちゃんとふたり分あるよ」
「おおー。シゲユキ様さま」
「はいはい。いいから服着てこい」

湯気とタオルをまといながら、
思ったより早くシャワーを終えたユタカが俺に声をかけた。
四十すぎてるとは思えない体だ。
惚れこんで金をつぎ込む奴の多さにもうなずける。

オウィニダ製薬の専務のボンボン大清水さん、元演歌歌手のアキさん、
赤坂の人気キャバ嬢咲子さん、オカマバーの稼ぎ頭ヨーコさん。
アズサ姉さんは親が弁護士で、本人も大手広告代理店のOLだ。
ケイちゃんはバー「サム」のママ。ミカちゃんは
有名女子大の学生で、親が医者。アミュさんはネット通販会社の女社長。
リュウヤさんは何してる人なのか具体的には知らないけど
たぶん水商売だろうな。
高級ゲイクラブ「涅槃」のナンバーワン双樹さんは、
中でもずば抜けてユタカの売り上げに貢献してる。
年にかるく一千万はユタカに使っていってるはずだ。
もっとも彼はユタカと同じくらい稼いでいるはずで、
しかしほかに大した趣味がなく金を余らせているという。

世の中不況と言ってもあるところにはある。
諭吉でできた円卓の上で男と女と酒と遊びの恋がくるくる回ってる。
積み上げられた数字がゲシュタルト崩壊を起こして
時折こぼれるけれど、みんな酔ってるからほとんど気にしない。
ボーイが片づけてまた綺麗に積み上げてくれる。
いいとも悪いとも思わないけど
ただ俺はたまにこっそり途方に暮れる。
そういうときはユタカを盗み見るか、居なければ思い出す。
たとえば今俺の作った飯が運ばれてくるのを待って、
煙草を吸いながらシルバーリングを磨いている姿とか。
まだ大丈夫かもしれないと思えるから。

「おまちどーさま」
「おう」
「それ、磨きすぎるとすり減んない?」
「大丈夫だよ」

半分くらいになったマルボロをもみ消し
磨き布と指輪をテーブルの隅のほうに置いて皿を受け取ったユタカは、
飲み物を取りに台所へ消えた。
トレードマークというほどでもないがユタカお決まりの、
薔薇を刻んだ銀の指輪。
もう二十年以上前のものだそうだが、マメに磨いてるから綺麗だ。

「こら。やらねえぞ」
「見るくらい良いだろ」
「見るだけだからな」
「さっすが、綺麗にしてんね。
 あんたがもってる母さんの形見ってこれだけ?」
「コレと……写真何枚か。あとは、お前かな」
「なにそれ、うぜー」
「愛する息子とか言わねぇから心配すんな。
 俺が愛してたのはレフアさんだけだ」
「あーもういいよめんどくせえ。早く食おうよ」


鈴木レフアは二十五年前
高校に隠れてバーテンのバイトをしていた少年と恋に落ちた。
のちに妊娠に気づいたレフアは
「年下に飽きたわ」としか言わずに彼と別れ
実家に帰って子供を産んだ。
レフア――母さんは、
俺にもじいちゃんばあちゃんにも詳しい話をしなかったから
葬式に現れたユタカが俺の歳を聞いて驚いた顔をするまで
誰も何も知らなかった。

突然だったし、なによりあまりに若くてカッコよくて
とても親父とは思えなかったから、
親戚の兄ちゃんかなにかと思うようにした。
いまでもあまり父親とは思えない。
ユタカのほうも、普通の親子のような実感は湧かないでいるだろう。

それでもいいかもしれない。
ユタカと俺は、「オーナーとキャスト」で、
「縁あって同居している十八歳はなれたルームメイト」だ。
改めて意識なんかしなくたって王様は
くるくる喧しい円卓をいつだって止めてくれる。



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