包み込みたい、愛する君を。
「もし僕が公衆の面前できみにキスしようとしたらどうする?」
「脳味噌破裂したのか死ねっつって顔面に裏拳をプレゼントしてやる」
「わあ、アグレッシブ。きみのそういう即物的なところ好きだよ。喧嘩っ早いっていうのか。伊達に挑戦者に勝手に逆切れして言いがかりつけないようにって、再三リーグ本部から注意受けてないね」
「喧しい」
「はは、ごめんね。でも、ありがとう。煮物、すごく嬉しいよ。大切に食べるから」
「……勘違いするなよ、あれはな、余ってしまったから持ってきてやっただけなんだ」
今日は珍しく、ハヤトくんが僕の家にいる。
あまりに僕がまともな食生活を送ろうとしないから、差し入れを持ってきてくれたのだ。
彼が作ってくれた肉じゃがと筑前煮は冷蔵庫の中で、夕飯の時間を待っている。
まあ彼曰く、あれはおすそ分けらしいのだけど。なんでも作りすぎてしまったとか。自炊を始めて既に何年も経過している彼が、煮物を作りすぎるなんて初歩的なミスを犯すわけがない。
「素直じゃないなぁ……」
「あ? なんだって?」
「ううん、なんでもない」
なんで喧嘩腰なんだろう、という疑問を今更抱く僕ではない。
空を雫にして一滴垂らしたような、青みがかった黒髪の隙間から垣間見える彼の耳は、朱色に染まっている。照れているのだ。
ああ、この耳に噛り付いて、随分と赤いようだけど? とか言ってあげたい。僕の性癖はどちらかといえばM寄りだが、好きな子を苛めたいという衝動に駆られる程度のSっ気は備わっている。
でも、今日はお預けだ。今日は、平和に過ごしたい。
なにせ、今日の彼は、ずいぶんと機嫌だからだ。わざわざ機嫌を損なわせて、罵られたり殴られたり謗られたり蹴られたり、してほしくないと言えば嘘になるが、今はそんな気分ではない。平和。平和に。うん。
僕のためにわざわざ煮物なんて時間のかかる手料理を作ってくれるだけでなく、なんと彼は今、僕の腕の中にすっぽりと納まっている。
小柄な体格がコンプレックスらしい彼は、僕に背後から抱きつかれるのを嫌がる。特にこんなふうに、胡坐をかいた僕の太ももの上に座って、全身を僕に預けるなんていう体勢、土下座したってしてくれないというのに。
ああ、そうだ。今日の彼はご機嫌なだけでなく、ちょっと甘えたい気分でもあるようだ。
彼自ら、僕の上に座ってきて、しっかり抱き締めろ、なんて言ったんだ。
あまりにいつもの彼らしくない。なにかあったのだろうか。なんだか逆に不安になってきた。
きゅ、と彼を抱き締める腕に力を入れると、不思議そうに彼が見上げてきた。
「どうした?」
「いや……。今日は、いつものきみらしくないなと思って」
「…………そうか?」
「うん。この体勢、嫌がるじゃない」
「…………そうだな。今日は、そんな気分なんだ」
「……そんな気分」
「ああ。……甘えたいんだ。……駄目か?」
上目遣いで、小首を傾げて。
物凄く計算ずくの行動だと判っているのだけれど、それでも、ああ、ときめいてしまう。
ただでさえ、年齢の割に幼い外貌なのに。
……ああもう。頭のいい子だからなぁ。
「……きみ、だんだんと自分の童顔を有効活用し始めたね……」
「お前のそばにいたら、嫌でも覚えるんだよ。自分の顔の使い方を」
「……ははは」
「それより、最初の問いかけはどういう意味だ?」
「え?」
「だから、公衆の面前でどうのこうのと」
「ああ……別に深い意味はないんだ。なんとなく訊いてみただけ。なにかその、快い返事を貰えたなら実行してみようかなという下心は多少、あったけれど」
「……裏拳だぞ。第一、男同士だろうと男女であろうと、公衆の面前でキスなんて恥ずかしすぎるだろ。そういうのは、なんだ、大切な行為なんだから、二人きりとか、そういう場所でする事であって、見せ付けるものじゃない」
「きみのそういう古風な奥ゆかしさ、好きだよ。恥ずかしがり屋とも言うね」
「うるさい」
そう言った彼の耳が赤かったから……さて何記念日にしよう。煮物作ってきてくれたから煮物記念日とかどうかな。記念日にしたところで明日くらいに忘れてそうな僕だけど。
照れているハヤトは可愛いと思う。からかいがすぎると途端に凶暴になるのが彼の魅力でありつつも欠点であるので、そこらへんの匙加減は気をつけないといけないが。
今日は平和だ…いや本当に。ていうか、胸がほわほわする。暖かい。ああ、これが、幸せか。
綻ぶ口元を無理に引き締める事をせず、彼の言葉をひとつひとつ反芻し、はたと気づいた事を口にしてみた。
「公衆の面前じゃなかったら、いいのかい?」
「……あ?」
訝しげな声をあげて、ハヤトが上体を捻って振り向いた。
顎の下に手を伸ばして、人差し指で彼の顔を持ち上げる。
「だから、キス」
「…………な、」
かっ、と彼の顔が真っ赤になった。
ん。
「……もしかして、予想してなかったの?」
「…………してなかった」
「うーん、なんか言い返されるかと思ってたんだけど」
「………………言い返したかったけど、……今日はそんな気分じゃない」
すっと彼の手が伸びて、僕の頬に触れた。彼の手だ。
「今日は、お前とキスしたい気分だ」
「…………え、」
顔面に血が集まったのが判った。
くすくすと、彼が愉しげに笑っている。
……まさか。
「……予想通りの反応かい?」
「ああ。計画通りだ」
「変な計画立てないでくれよ……。すごいね、赤面するタイミングまで自分でコントロールできるんだ」
「……出来るわけないだろ、そんな事」
「……あれ、じゃあやっぱり、照れたのは本当?」
「…………」
「やっぱり可愛いねぇ、きみは……」
「ああもう、うるさい」
僕の腕の中から抜け出して、彼は両手で僕の頬を挟みこんだ。
「少し、黙れ」
言いながら、顔を近づけてくる。
そして。
「脳味噌破裂したのか死ねっつって顔面に裏拳をプレゼントしてやる」
「わあ、アグレッシブ。きみのそういう即物的なところ好きだよ。喧嘩っ早いっていうのか。伊達に挑戦者に勝手に逆切れして言いがかりつけないようにって、再三リーグ本部から注意受けてないね」
「喧しい」
「はは、ごめんね。でも、ありがとう。煮物、すごく嬉しいよ。大切に食べるから」
「……勘違いするなよ、あれはな、余ってしまったから持ってきてやっただけなんだ」
今日は珍しく、ハヤトくんが僕の家にいる。
あまりに僕がまともな食生活を送ろうとしないから、差し入れを持ってきてくれたのだ。
彼が作ってくれた肉じゃがと筑前煮は冷蔵庫の中で、夕飯の時間を待っている。
まあ彼曰く、あれはおすそ分けらしいのだけど。なんでも作りすぎてしまったとか。自炊を始めて既に何年も経過している彼が、煮物を作りすぎるなんて初歩的なミスを犯すわけがない。
「素直じゃないなぁ……」
「あ? なんだって?」
「ううん、なんでもない」
なんで喧嘩腰なんだろう、という疑問を今更抱く僕ではない。
空を雫にして一滴垂らしたような、青みがかった黒髪の隙間から垣間見える彼の耳は、朱色に染まっている。照れているのだ。
ああ、この耳に噛り付いて、随分と赤いようだけど? とか言ってあげたい。僕の性癖はどちらかといえばM寄りだが、好きな子を苛めたいという衝動に駆られる程度のSっ気は備わっている。
でも、今日はお預けだ。今日は、平和に過ごしたい。
なにせ、今日の彼は、ずいぶんと機嫌だからだ。わざわざ機嫌を損なわせて、罵られたり殴られたり謗られたり蹴られたり、してほしくないと言えば嘘になるが、今はそんな気分ではない。平和。平和に。うん。
僕のためにわざわざ煮物なんて時間のかかる手料理を作ってくれるだけでなく、なんと彼は今、僕の腕の中にすっぽりと納まっている。
小柄な体格がコンプレックスらしい彼は、僕に背後から抱きつかれるのを嫌がる。特にこんなふうに、胡坐をかいた僕の太ももの上に座って、全身を僕に預けるなんていう体勢、土下座したってしてくれないというのに。
ああ、そうだ。今日の彼はご機嫌なだけでなく、ちょっと甘えたい気分でもあるようだ。
彼自ら、僕の上に座ってきて、しっかり抱き締めろ、なんて言ったんだ。
あまりにいつもの彼らしくない。なにかあったのだろうか。なんだか逆に不安になってきた。
きゅ、と彼を抱き締める腕に力を入れると、不思議そうに彼が見上げてきた。
「どうした?」
「いや……。今日は、いつものきみらしくないなと思って」
「…………そうか?」
「うん。この体勢、嫌がるじゃない」
「…………そうだな。今日は、そんな気分なんだ」
「……そんな気分」
「ああ。……甘えたいんだ。……駄目か?」
上目遣いで、小首を傾げて。
物凄く計算ずくの行動だと判っているのだけれど、それでも、ああ、ときめいてしまう。
ただでさえ、年齢の割に幼い外貌なのに。
……ああもう。頭のいい子だからなぁ。
「……きみ、だんだんと自分の童顔を有効活用し始めたね……」
「お前のそばにいたら、嫌でも覚えるんだよ。自分の顔の使い方を」
「……ははは」
「それより、最初の問いかけはどういう意味だ?」
「え?」
「だから、公衆の面前でどうのこうのと」
「ああ……別に深い意味はないんだ。なんとなく訊いてみただけ。なにかその、快い返事を貰えたなら実行してみようかなという下心は多少、あったけれど」
「……裏拳だぞ。第一、男同士だろうと男女であろうと、公衆の面前でキスなんて恥ずかしすぎるだろ。そういうのは、なんだ、大切な行為なんだから、二人きりとか、そういう場所でする事であって、見せ付けるものじゃない」
「きみのそういう古風な奥ゆかしさ、好きだよ。恥ずかしがり屋とも言うね」
「うるさい」
そう言った彼の耳が赤かったから……さて何記念日にしよう。煮物作ってきてくれたから煮物記念日とかどうかな。記念日にしたところで明日くらいに忘れてそうな僕だけど。
照れているハヤトは可愛いと思う。からかいがすぎると途端に凶暴になるのが彼の魅力でありつつも欠点であるので、そこらへんの匙加減は気をつけないといけないが。
今日は平和だ…いや本当に。ていうか、胸がほわほわする。暖かい。ああ、これが、幸せか。
綻ぶ口元を無理に引き締める事をせず、彼の言葉をひとつひとつ反芻し、はたと気づいた事を口にしてみた。
「公衆の面前じゃなかったら、いいのかい?」
「……あ?」
訝しげな声をあげて、ハヤトが上体を捻って振り向いた。
顎の下に手を伸ばして、人差し指で彼の顔を持ち上げる。
「だから、キス」
「…………な、」
かっ、と彼の顔が真っ赤になった。
ん。
「……もしかして、予想してなかったの?」
「…………してなかった」
「うーん、なんか言い返されるかと思ってたんだけど」
「………………言い返したかったけど、……今日はそんな気分じゃない」
すっと彼の手が伸びて、僕の頬に触れた。彼の手だ。
「今日は、お前とキスしたい気分だ」
「…………え、」
顔面に血が集まったのが判った。
くすくすと、彼が愉しげに笑っている。
……まさか。
「……予想通りの反応かい?」
「ああ。計画通りだ」
「変な計画立てないでくれよ……。すごいね、赤面するタイミングまで自分でコントロールできるんだ」
「……出来るわけないだろ、そんな事」
「……あれ、じゃあやっぱり、照れたのは本当?」
「…………」
「やっぱり可愛いねぇ、きみは……」
「ああもう、うるさい」
僕の腕の中から抜け出して、彼は両手で僕の頬を挟みこんだ。
「少し、黙れ」
言いながら、顔を近づけてくる。
そして。