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た:太陽の下、君と 布を伝う温かさが俺の気も知らず締め付ける。手首と丸井の顔を交互に見れば、手を放してくれなさそうなことぐらい分かったが、俺も男だ。不意をついて振りほどこうと思えば簡単に出来るはず。行動に移せないのはなぜか。答えは俺の頭の中で反響していた。 話がしたいんだよ、話がしたいんだよ、話がしたいんだよ――俺と? 一体何について喋りたいと言うのだろう。俺から丸井に話したいことは、多々ある。 遊んでんじゃねーよバーカ、スポーツやってるくせして煙草吸ってんな、あんな自販機でゴム買うな、俺の前に現れるな、これ以上俺をホモにさせんな。決して言葉には出せないけど、俺から言いたいことはあるんだ。 けど、丸井から俺に? ニコリともせず手首を握る手に力を入れ続ける丸井は、真っ直ぐ俺を見据えていた。あの煙草いいよな、とか、そんなくだらない話で終わるつもりはなさそうに見える。 知らずうちに肩甲骨の間に汗が流れていくのを感じた。その通り道がスースーと冷たい。 なぜだか、全て知られているような気分に陥る。自分が丸井に気があることも、今すごく焦っていることも。さっき背中に汗が伝ったことすら見透かされていそう。 少し怖くなった。 「なに、何なの。」 聞きたくない、目を瞑りたい衝動を、ごくりと生唾とともに飲み込む。丸井の口が開く。 「あのさ。お願いなんだけど」 口調にはちっとも何かを頼む謙虚さは感じられない。 それよりも。 お願い? 予想外の言葉に首を傾け聞き返す。丸井は一度うなづいた。 「俺が煙草とゴム買ってたの、ナイショにしてくれね? 困るんだよ」 張り詰めていた緊張がやわらいだ。 「ああ……なんだそんなことか」 ふ、と全身の力が抜ける。変にどきどきした自分がバカらしくなった。何を考えているんだ。大体、丸井が俺の気持ちを知っているわけがないんだ。誰にも話してないし、自分の中でも否定したい出来事。 「そんなこと? 俺には死活問題なんだよ」 丸井はようやくそこで、俺の手首を自由にした。 「あーいってえな。死活問題とか……大げさ」 「あのなあ。煙草はまず真田の耳に入ったらまずいだろい。殴り殺される。ゴムは……ああ、これは別にどうでもいいか」 丸井は本当にどうでもよさそうな顔をした。いいのかよ。まあ、確かにゴムで怒られることはないんだろうけど。 ……軽いやつ。 手首をプラプラと振って痛みを紛らわす。痛みの原因は丸井なのに、丸井はちっとも気遣う素振りを見せなかった。それにも腹が立った。 「言われなくても言わねーよ。俺がそんな男に見える?」 つい反抗的な態度を取る。つまり煙草のことを知っている俺は厄介者だと。頭の中で整理したら、自分1人で空回りしてるみたいでがっかりした。 「まあ、初めて喋ったし。あ、2回目か。いきなり信用できるわけないじゃん」 カチンときた。 さっきからトゲのあることを言う。黙らせてやりたい衝動にかられた。言ってることはもっともだが、いきなり信用がどうとか、それもちょっと気のある奴に言われるとプライドが傷つく。 押し黙って細い目で丸井を睨む。丸井は少し眉を上げた。 気付けば胸倉を掴み、俺は丸井の体を自分に引き寄せていた。 必然的によたつく丸井に、おかまいなしに唇を押し付ける。 なんてことない、何か柔らかいものが当たっただけの、ただのキス。 しかし丸井はいきなりのことに思考が追いつかないらしく、目をうっすら開ければ至近距離で目が合い、大きな目が瞬きをしていた。抵抗することすら忘れている。 立場が逆転した気分にキスの感触が織り交ざり、俺は酔いしれた。思わず口元がゆるむ。下唇を軽く吸うと、そのとき初めて、丸井は抵抗を見せた。 大人しく突き飛ばされてやれば、後ろにあった木にぶつかる。ゴツゴツしたものが背中に当たり、衝撃で歪む目の先に、制服の袖で乱暴に口を拭う丸井が見えた。 「……にすんだよ!」 明らかに丸井は慌てた。強気に出ていた丸井が、どこにでもいる中学生に戻った瞬間だった。 「なんかムカついたから。動揺すんなよ。どうせ慣れてんだろ?」 「……っ野郎にキスされると思わなかった」 ズクリと胸に突き刺さる。 自然と、口元がきゅっと締まった。キモイ――お前はホモか、と罵声を浴びせられる予感がして息を飲む。 鋭い目つきで丸井は俺を睨んだ。ジャリ、と地面を歩く音が聞こえる。後ずさるつもりはない。大体、後ろは根をはった木が立っている。 目の前に迫ってきた丸井は、俺の二の腕のあたりを血が止まるほど掴んだ。 痛みに顔をしかめれば、丸井は俺の口元に目を落としていた。次の瞬間。 キスを、されていた。 鼻がぶつかる。息がかかった。すぐに丸井は顔を離す。 「な……」 なんで? 野郎にキスされると思わなかった、って言って口を拭っていたのに。なんで今度は自分から? 理解できない行動に俺の口は半開きだ。 丸井は首を傾けてまた押し付ける。何か言おうと思って息を吸い込むと、中途半端に開いた口にそのタイミングでぬるりと滑り込んでくるものがあった。 入ってきた丸井の舌は唾液を乗せていた。それが俺の口内を湿らす。たらり、と口の奥に流れ、むせそうになり、慌てて飲み込む。苦しかった。ごくりと聞こえたあと、俺の息が荒れた。丸井の舌が俺の舌をつつく。少し抵抗をしてみた。二の腕を掴む丸井の腕が許さなかった。 なぜだろう。なんで俺、丸井と。いや、仕掛けたのは俺だけど。でも今確かに分かるのは、今舌をからめてるのは丸井だということだ。こいつ、もしかして、男も女も節操なしに手を出すのか? それはそれで――いいかもしれない。俺に手を出してくれるなら。そんな気にさせるキスだ。言ってしまえば、今はもうどうでもいい。 舌の感触も唇の感触も、ぬるっとした頬の粘膜も。全て気持ちがいい。歯を舐められるとゾッとした。それはイヤだ、と自分の舌で、歯から丸井の舌を引き剥がす。その流れでまた絡み合い、ぴちゃ、と音を立てた。それに興奮してまた絡ませる。 次第に下半身がうずきだした。 足踏みしてやりすごす。が、まずい、ちょっと起ちそう。 気持ちのいいキスはそれに邪魔された。ここで起ってもしょうがないし、大体もうすぐ昼休みは終わる。中途半端な状態で授業を受けたくない。 急に頭が冷静になる。けれど、そんなに簡単にやめられるほど、適当なキスではなかった。舌を押し返して、つつきあって、押し返す。それを何度か繰り返して、やっとのことで唇が離れた。 目が合うのが気まずくて、顔を背ける。俺が嫌がったと思ったのか、はたまた丸井も正気に戻ったのか、とにかく丸井は「ごめん」と、俺の二の腕を解放した。俺も乗り気だったし、挑発したのも俺なんだからそんな言葉はいらない。 「……さっきまで煙草吸ってただろい? 好きな味した」 どきりとした。丸井は煙草が吸いたくなった、とも言った。 「ニコチン切れかよ?」 余裕ぶりながらニヤリと笑ってみせる。その裏側で、さっきまで変えようと思っていた煙草が急に愛しくなった。 「ニコチン切れ。――もうちょい欲しい」 言葉を理解して、でももう昼休みが終わる、と言うより先に、丸井は目を瞑っていた。続いて口を開けろと唇を舐められる。 惚れた弱味、という言葉が頭をかすめた。言う通り、口を開けて舌を出す自分がいる。 これからどうなるんだろう。こいつの遊び相手の1人になるんだろうか。それともこれ1回きり? ジャッカルが言うには、丸井は校内で遊ぶことはない。 なら、やっぱり1回きりなんだろう。 ため息を吐くような現実が頭の隅に浮かぶ。 でも今はそんなこと気にならない。ただ気持ちよさを追いかける。 それからまた頭の隅でぼんやりと思った。ずっとこの煙草を吸い続けよう、と。丸井の好きな味でいれば、これで終わりじゃなくて、また手を出してくるんじゃないか。 授業はもうサボろう。思った数秒後、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。 2007.3.26 完 どっちが攻めかわからない。丸井っぽいけど、丸井はやっぱ受けだろ! ということで多分リバ。 書くのがすごく楽しかったです。このあと2人でトイレに直行だな。 |