たまに、いや、いつも思う。という女は、実はとてつもない馬鹿なんじゃないか、と。
伊達工の二年での顔を知らなくても、名前すら聞いたことがないと言う奴はほとんどいないだろう。何故なら彼女は入学試験でも一番で入り、定期試験でも毎回全教科平均九十五点以上を維持する、教師にも生徒にも一目置かれた存在だからだ。確か今回の試験では二位と五十点も差をつけたらしい。
それに加えて品行方正で、艶やかな背中程まである黒髪を靡かせる立ち振る舞いは、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と言われるくらいだ。要するに、工業高校にはもったいないくらいの高嶺の花ということだ。どっかの私立のお嬢様学校に通っていそうなイメージを周囲に与えるために、男子の中でひっそり催される可愛い子ランキングでは一年の頃から不動の一位を取り続けている。まあ、本人には知る由もないのだけども。
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そんな話題持ちきりの彼女と二年に上がって同じクラスになり、思い切って話しかけた。「さんはさ、なんで伊達工に来たワケ?」と。すると彼女はどうしてそんな質問をするのだと言いたげに首を傾げると、「ガンダムとかアトム作りたかったから」なんて平然と言ってのけたのだった。
俺は一瞬、思考が停止した。彼女の言葉を受け入れられなかったのだ。ようやく言葉を噛み砕いて飲み込めた俺は、急に目の前の彼女が霞んで見えた。なんだ、全然高嶺の花なんかじゃないじゃん。立派な伊達工の生徒の一人だ。私立のお嬢様学校にも、市立の進学校にも行かなかったことに納得がいく。
「さんってさ、実はとんでもない馬鹿なんじゃないの?」
「? 二口くん、私を馬鹿にしてる?」
「だって皆が言ってんのと全然中身違うんだもん」
「私は元からこんなのよ。二口くんの言う皆が、私を勝手に高嶺の花にしたんでしょ?」
私、結構力あるのに、実習になると俺がやるよって言ってやらせて貰えないし。そんな愚痴すら漏らして、拗ねた子供みたいに口を尖らして、無い力こぶを見せつける彼女がはじめて年相応に思え、俺は笑ってしまっていた。それ以来、俺はよく彼女に話しかけるようになり、実習では彼女が機械を使えるようにと手を回した。
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そうして季節を一つ越える頃には、彼女はすましたように口元だけで笑うのではなく、顔全体で笑うようになった。ほとんど会話することなどなかった男子とも、雑談して冗談を言い合っているのをよく見かける。恐らくこっちの方が元来の彼女なのだろう。
笑顔を見せるようになってから、彼女の人気は顕著に現れた。ちょっとしたアイドル扱いだ。だけど彼女は変わることなく、今日も人型ロボットに夢を抱いている。
「はさ、何でガンダムとかアトムを作りたいワケ?」
「だって誰しも子供の頃、一度は想う夢でしょう?」
「ガンダム作っても意味ないかもなのに?」
「じゃあさ、二口は社会に貢献したいからバレー続けてるの? 違うでしょう? 自分の好きなことを一途に追いかけたい。ただ、それだけよ」
ちょっとした世間話のつもりだったのに、まさかこんなずるい返しをされるなんて、予想外だった。そうなのだ。彼女はいつだって全力で、それが馬鹿で恰好良いのだ。こんなこと、口が裂けたって言ってやるつもりはないけど。数ヶ月前までは儚いと思っていたのに、今では凛々しいとしか思えない。人の印象なんて言葉一つで覆ってしまうのだと、実感した。
「あ、そうだ。ねえ二口。もし卒業後にしたいことないんだったら、私の作る研究チームに入ってよ。二口がいたら心強いし」
「じゃあ暇だったら入ってやるよ」
「あ、そう。なら枠一つ空けといてあげるわ」
クスクスと内緒話をするように肩を震わせる彼女が眩しかったから。だからあんな意地張った返事しか出来なかっただなんて、言わない。だけど彼女なら、そんな意図も全て汲み取っているのかもしれない。あるいは何も考えていないのかもしれない。
ただ一つ言えることは、彼女と一緒にいて悪い気分にはならない、ということだ。これくらいなら、頭が良いのに馬鹿な彼女に言ってやってもその真意に気付くことはないだろう。
2015.07.17