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 約二年半ぶりに、旧友もとい同じ中学校の同級生に会った。

 そいつは誰が見ても重そうだと分かるようなエナメルバッグを背の方に回して引っ提げていて、UFOキャッチャーに真剣な顔を向けていた。後ろ姿だけならきっと誰だか分からなかっただろうけど、私はつい瞬間前、彼の横顔をばっちり見てしまったから、間違いない。前髪が短くなっていたけど、あれは確かに日向順平だ。

 確か彼とは二年と三年のときに同じクラスだったはずだ。普通にバスケに熱意を燃やしている、普通の成績で、普通に友達を作っている、普通の男の子だったと思う。

 彼との間にこれと言って思い出があるわけじゃないけど、あえて言うなら三年の修学旅行のときに、旅行先の街をグループに分けて探索する行動班が同じで、いつの間にか同じ班の人とはぐれてしまった私を一番最初に見つけてくれた。多分まともに関わったのはそれぐらいだと思う。
 でもその直後くらいから席替えで席が近くなったり、何かと縁はあったかもしれない。眼鏡掛けてていかにも頭脳系って感じなのに、成績は普通なんだね。と揶揄えるくらいには、仲は良かったと思う。冗談を言ったら軽く小突かれるくらいには、打ち解けていたかもしれない。
 そういえば伊月くんと三人で休みの日に図書館で一緒に勉強をしたこともあったような気がする。給食当番のときに温食を一緒に持ち運んで器に盛った、なんてこともあったかもしれない。先生にバレないようにこっそり漫画の貸し借りもしてたし、バレンタインデーにはまがりなりにもチョコレートをあげたはずだ。

 鳴呼。もしかしなくても私は、順平が好きだったんだろう。

 でも卒業して進学先が違うと知ったとき、何となくもう彼とは会わないんだろうな。と思った。家だってそこまで遠いワケじゃないし、お互いの学校は徒歩圏内にある。だけど、そんな単純な距離の話じゃないんだ。学校が違う、ということは互いに生活リズムがずれるということで。一度ずれてしまったことは、元に戻すのがとても難しい。
 そのことを私は小学校から中学校に上がるときに経験したから知っている。小学校で別れてしまった人には、会えてないし、きっとその中には顔も忘れている人もいるんだろうと思う。だから彼もその中の一人に、ちょっとだけ特別な思い出はあるけども遠い過去の人になってしまうんだと。そう思っていた。携帯を持っていればまた話は変わったのかもしれないけど、生憎その頃の私は持ち合わせていなかった。

 でも結局のところ。例えメアドを知っていたとしても毎日会っている人には勝てないワケで。いや、別に誰と戦っているとかじゃないけど。つまり何が言いたいかというと、すごい偶然だということだ。

 声を掛けてみたい、という衝動に駆られた。あの時みたいに話してみたいと思った。だけどそれと同時に、もし忘れられていたら。覚えていなかったら。とそんなことも思う。怖い。勇気を出して話しかけても、誰だっけ、と言われるのが堪らなく怖い。だけどこの期を逃したら、もう会うことはないかもしれない。

 あれこれ考えていると、頭の中がぐるぐる巡って少し気持ち悪くなった。何かもう、いいや。息苦しい呼吸にかまけて話しかけるのを断念しようとした。立ち止まった足を再び動かそうと足に力を入れる。だけどそれと同時に彼も後ろを振り返った。スローモーションみたいに見えて、吃驚した。
 彼が私を見る。目を見開く。私は力を入れた足を止めた。ぶつかりそうになるのを阻止出来た。彼も止まった。彼が何かに気づいたように、もう一度目を大きく開けた。私は恥ずかしさにこの場から去りたくなった。私は全身をフル稼働させて前進する。しかし彼に腕を掴まれた。お前、か? と彼が問う。私は人違いじゃないですか、と言った。彼はなんだじゃん、と笑った。私は悔しくてぷくっと頬を膨らませた。

「……二年ぐらいか?」
「二年と半年ですよ。人違いって言ったのに」
「だってお前、中学のときと何も変わってねえからさ」
「順平は前髪が無くなったね」

 あれだけ怖いと思っていたのに、いざ話してみると意外と会話がぽんぽん弾む。私たちは特に理由もないのに急に可笑しくなって、笑い合った。彼の笑った顔を見たら、またあの時の想いが再発しそうになった。少しだけ早まった心臓を抑える。

「そういや伊月くんは? 確か一緒の高校じゃなかった?」
「ああ、あとリコもな。今日はその……、一人だ」

 歯切れの悪い解答に疑問を抱いた私は、先程まで彼が奮闘していたUFOキャッチャーを盗み見る。戦国武将フィギュア? ああ、そういうことか。

「ねえ順平。武将だと誰が好きなの?」
「おまっ、何でそれを」

 意地悪く聞いてみると案の定彼は慌てて目をあちこちに泳がせた。私は後ろの物を指差すと彼はその指の先にあるものを目で追い、ああ。と納得したように声を漏らした。

「一回百円、か。よし。さあ日向くん。君の好きな武将をなんなりと言ってくれたまえ。どんなところにある奴も、三回以内で取って差し上げましょう」

 大仰な手振り付きでそう言うと彼はぎょっとしたようにこちらを見た。生憎アクションゲームは苦手だけど、リズムゲーとかUFOキャッチャーならお手の物なのです。手持ちは三百円。私の腕の見せ所ですな。





「武田信玄……!」

 隣で嬉しそうに武田信玄フィギュアを抱きかかえる順平を横目に、私は余った百円で買ったたい焼きを頬張る。たい焼き屋さんが閉店間際で良かった。普段なら一個しか買えないたい焼きを二個分。あのおじさん好きだ。

「あの、。ホントにこれ、貰っていいのか?」

 不安そうに尋ねる彼にもう一匹のたい焼きを口に突っ込んでやる。あっつ、と涙目になりながら片手でたい焼きを持って口をはふはふと夜風で冷やす彼を盗み見ながら丁度いい数のたい焼きに違和感を覚えた。あ、もしやあのおじさん、私たちがカップルか何かと誤解して一匹おまけしてくれたんじゃ?! そういえば会計するまで始終ニヤニヤ笑ってたし。きっとそうだ。少し嬉しいと思ってしまう自分を叱りながら夜空を仰いだ。

「私が信玄貰っても価値分かんないし。それなら、順平が持ってた方がよっぽどいいよ」

 そう言うと彼は押し黙った。何かまずいことでも口走ってしまっただろうか、と思いながら彼を見ていると、「今日オレ誕生日なんだよ」と呟くように言った。「うっそ」と反射的に口にすると、「嘘じゃねえよ」と頭を小突かれた。あの頃を彷彿とさせるようで、ひどく懐かしい気持ちになった。

「誕生日、おめでとう。プレゼントは、信玄とたい焼きで勘弁して」
「充分すぎるわ」

 彼の言葉に笑みが溢れる。ああ、この時間が終わらなければいいのに。そしたらずっとこうして。あ、そうだ。今は繋がる為の機械を持っているんだった。たい焼きを食べた手とは別の手で制服のポケットから携帯を取り出して、彼に差し出す。彼は意図が分からず、戸惑っている。

「メアド、交換しよう? 私一週間前に買ったばかりでまだ、使い方よく分かんないんだ。赤外線? とかやってください」

 彼はふっ、と笑って「ちょっと持ってろ」と戦利品である信玄を寄越してきた。両手で受け取ると彼は慣れた手つきで自分の携帯を取り出し、一分もしない内に操作を終えたのか私に返してきた。私がすごいね、といったことを言うと、「大したことじゃねえから」と言われた。

 交差点で別れてから、私はこみ上げてくる笑みを抑えることが出来なくなった。緩む頬をつねりながらディスプレイに表示された日向順平という文字を指で丁寧になぞった。まだ、繋がっていられる。私たちはまだ、

(世界の下で繋がってる)


title:人魚様
2013.06.09
Happy Birthday!! 日向 in 05.16