「いらっしゃいませ、さま」
「カルマさまならお部屋でございますわ」
「ありがとう」


バンニール家の門をくぐって屋敷にはいると、メイドたちが慌ただしく動きまわっていた。忙しそうな合間にも笑顔を絶やさずにに笑顔を向け、今日の主役の部屋へ案内してくれる。彼女もそれに笑顔を返して、案内された部屋へと歩みを進めた。

その扉の前で、は少しだけ息を吸い込んでから、ゆっくりと二度、軽く扉をノックする。それから間が無く、内から低い声で入れと声がかかり、それを聞いた彼女は嬉しそうに、彫刻をほどこされ美しく彩られている取っ手を押して扉をひらいた。


「失礼します」


いつもよりも派手ではあるけれど、嫌みな感じは一切無い服をまとったこの部屋の主は、外のかしましさを気にした風もなく、いすに座って難しそうな専門書を読んでいた。まだ真新しいそれは、今日誰かから贈られたものであろうか。
入ってきたを一瞥してすぐに読書の世界に戻るカルマに、彼女はうやうやしく礼をする。


「お誕生日おめでとうございます、カルマさま」
「ああ」


本から目を上げずに返事を返す彼の態度は普段とあまり変わりなく、見る人が見ればその態度に憤慨することもある(もちろん、正面切って文句を言うような貴族はいない)(みんな六大公爵家の地位はよくしっている)が、はこのように振る舞うところも含め、カルマがすきだった。

親同士、高貴な互いの血が絶やされることのないように、と女王に起因する血を持つ貴族の一人娘であると、公爵家のカルマは生まれながらに許嫁であったが、は一度もいやだと思ったことはなかった。
口に出してすきだの愛してるだのといった甘い言葉は一度も言われたことはなかったけれど、カルマがたまに優しい瞳で自分のことを見つめてくれるのをは知っていた。彼女は、決して嫌われていないことを、嬉しく思っている。

カルマのことを、隣に腰掛けてしばらく見つめていた彼女は、テーブルの上にある紅茶が冷め切っているのに気づき、メイドのところへ行って紅茶とスコーンをお願いする。いやな顔ひとつせずに新しいものを用意してくれたメイドにお礼をいって、はなるべく音を立てないようにテーブルへ置き直した。

こうやって小さなことにも気配りのできるが、カルマはきらいではなかった。
自分に媚びを売ったり、物怖じしない女は珍しいと持っていたし、こちらに向けてくる優しく慈悲のこもる瞳が興味深く、時折愛おしささえ感じさせる。



「はい、なんでしょうか、カルマさま」
「こちらへ来い」
「はい、喜んで」


ふわりと笑いかけてくるは、些細なことで良く表情を変えた。彼女が隣にいても、いつも心なしか心が安らいだ。
他の人間とは明らかに違う、彼女の存在。
その重みを肩口に感じながら、カルマが本に目を通していると、彼女はあ、と少し高い声を出した。


「どうした?」
「わたし、プレゼントを持ってくるのを忘れてしまいました…今すぐ、とってまいります」


少々失礼致しますわ、カルマさま。そういって立ち上がろうとする彼女の腕を引っ張り、よろけて倒れそうになったところを、カルマは受け止めてから、本をガラスのテーブルの上へ置いた。
それから、空いた手を使ってをソファーへと引き戻す。

「か、カルマさま?どうかなさいましたか?」


緊張しているのか少しぎこちなく喋りながら顔を赤らめるにカルマは口元をゆるめる。他の人間がしても何の興味も抱かないその表情の変化すら、可愛らしく見える、と彼はふと思った。
この気持ちをなんと呼ぶのか、互いが互いにとってどんな存在であるのか、まだ幼い二人にはよくわからない。
そして、二人はつかず離れずの距離をおいて、一緒に歩んでいることに気づいていない。


「後で良い。今はここにいろ」
「…はい。カルマさまが、そう、望まれるのなら、いくらでも」


唯一無二かみさま


08.03.30/大沢柚子

2style.net